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もっと暖気に生きてみませんか?

宇宙のルールに基づき世の中の「今」をみてみよう。きっと答えがみつかります。

もともと人間は病気なのかもしれない!?

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これまで数回
『病気・体調不良と症状の違い。』
『両極性と単一性』
『誰もが持っている「影」という存在。』
『自己認識のためのキーワード』
『角度を変えて「善」と「悪」を見てみよう。』というテーマで
「健康」と「病気」そして「症状」に対する、ここでの解釈を
色々書いてきましたが、これらの考察から
「人間は病気になるのではなく、もともと病気なのだ。」ということが
少しはお分かりいただけたと思うのですが、いかがでしょう?

そして、もう少しいいますと
ここが医学の見方と、ここでの解釈との相違だということです。
お分かりの通り医学は「病気」を『健康な状態を乱す嫌なもの』とみなして
なるべく早く退治しようとするばかりか
病気を出来るだけ予防して根絶しようと試みています。
ですが、それは「肉体(物体)の機能面だけを見ている。」
『人間を「意識と肉体(物体)の統一体」としてとらえる姿勢に欠けている。』
といえますし、両極性の片方の極にしか目を向けないといいますのは
お分かりの通り「バランスに欠ける。」「調和がとれない。」ということです。
(但し「病院に行くな」ということではありません。
 機能面だけに偏ってはならないということをご理解ください。)


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ですが、ここでの見方は西洋医学のそれとはちょっと違います。
そしてそれは
『「病気」とはただ単に自然の機能が乱されたものではない。』
『「病気」は自己改革のための統合防御システムの一部である。』
『人は「病気」を締め出すことはできない。』
『「健康」は、その対極である「病気」を必要としている。』ということ。
さらに『人間は「罪」をもった不健康な存在だ。』
ということを示すのが「病気」であり
『イエスのいう『「堕罪」がミクロコスモスに残ったもの』が「病気」である。』
ということ。
もう少しいいますと
『わたしたちが両極性の一部である限り
 「罪」や「病気」や「死」に関わり続けることになるということ。』
『この基本的な事実を認めさえすれば
 病気へのマイナスなイメージはなくなるということ』
『真実を知ろうとせずに「悪い」と決めつけてやっつけようとすれば
 「病気」はたちどころに「怖い敵」となってしまう。』
ということです。

ですから、言い換えますと『人間は単一性がないから病気である。』
といえますし、何も欠けたところのない健康な人間は
世界中どこを探しても誰一人みつからないということです。


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これは、ある会社の社員さん及びその他の労働者の方で病気ではない人
200人のへの調査結果、詳細な検査を行ったときのデータですが
体調が悪い 43.5% ・胃腸の調子が悪い 37.5%
不安感がある 26.5% ・時々咽頭炎がある 22%
めまい 17.5% ・不眠 17.5% ・便秘 14.5% ・頭痛 13% ・湿疹 13% 
などなどと、入院されておられる患者さんと同等の肉体(物体)の故障が
でてきたという結果が挙げられています。

さらにもう一つの別のデータには
わたしたちが成人して約25年の間に、平均して重病1、病気20
何らかの不調200を体験する
というものありますので、確かにこれといった病気もなく
何十年も過ごしておられる方はいらっしゃいますが
そのような方も、やはり病気であり
死を迎える存在であることに変わりはありません。

そして「病気」とは
「不完全であること、病気にかかったり怪我をしたりする可能性のあること
 死ぬべき存在であること」といえますので
例え健康な方でも、よく観察しますと
欠けたものがけっこうボロボロと出てくるものなのです。


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また、ここでもう一つ書いておきたいことは
「病気を防ぐことができる。」「撲滅することができる。」というのは
単なる「妄想」ですので捨てた方がいいということ。
わたしたち人間には矛盾が多くそのために「病気」なのだということ。
そして生きていくうちにだんだん病気に深くはまっていき
やがて死をもってこの世の最後を飾る。そしてそれが自然であるといえ
わたしたちの肉体(物体)は無機的存在を目標とするということです。

さらにこの目標に少しずつ近づくように自然は超然と取り計らうといえますし
病気と死は人間の妄想を打ち砕き一面性を修正するものだということです。

また人間は力に飢えた「自我」によって生きているといえます。
ですから「自我」は次第に大きく膨らんで新しい崇高な衣をまとい人に奉仕させます。
そして「自我」はいつも境界をつくりますので
情熱や愛や統合を恐れているといえます。


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そして「病気」は「わたしたちがどれくらい真ん中(単一性)に寄ったか?」
ということに応じて「症状」を示し、反対側へと向かわせます。
つまりそのようにしてバランスさせるということ。
人間の傲慢な「自我」によるおこないを謙遜と無力の方向に調整する。
人を病気の状態になりやすくするのは才覚や手腕だということです。

ですから「健康」に生活しようと慾を出し過ぎますと
片方の極に偏ってしまいますので、その分「病気」を招くことになります。
さらにここでよ~くご理解いただきたいことは
死が生に属するように「病気」も「健康」に属しているということですので
ここでは、わたしたちの見る目を研ぎ
これまでの思考に新しい方向を加えて補完していただきたいと思っています。
そしてこれまでの「幻想」を打ち砕けば
必ず健康そして自由への余地が増えるのではないかと思います。


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「人生とは失望の中を進んでいくようなものかもしれない。」
といった方がおられましたが、失望が一つ一つ取り除かれて
やがて真実を受け止められるようになるのではないでしょうか?

「病気や長い患いや死は、生きていくために欠かせない誠実なパートナーだ。」
と認めることができれば、この認識が絶望に終わることはありませんし
認めた方だけに「治癒への道」を見つける手助けをしてくれる
賢い有益な友だということが解るのではないかと思います。

「自我」の正体を暴き「影」の正体を見せてくれるほど忠実な友人などは
現実には、まず、いません。
そして、そんな友人が実際にいたとしましても
大半の方は、その方を「敵」とみなすのではないでしょうか。
病気も友人も忠実すぎるから嫌われるということです。

さらに、虚栄心もまた私たちの目を隠すものです。
これは裸の王様と同じです。
ですが、症状は買収されることはありません。
症状は人を正直にしますので、何が欠けているかを知らせてくれ
「影」の中にあって実現を持っているものを見せてくれ
どこで一面的になっているかを教えてくれます。


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そして「症状」がたびたび出れば問題はそれほど簡単に解決されませんし
完全には無くならないということが否応なしに分かります。
ですから世界の発展に影響を与えることができると傲慢にも思い込めば
自分がいかにちっぽけで無力な存在かということを
病気によって思い知らされることになります。

歯痛やぎっくり腰やインフルエンザや下痢がひとたび現れますと
輝かしい英雄が惨めな虫けらになってしまいます。
だから、病気は嫌われるのです。
そしてそのため、病気を撲滅しようと世界中が日夜努力を重ねるのですが
何をしようか?どんな成果を出そうか?と
ひたすら病気へと向かっているだけだということに気づかないのです。


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「病気」とは「不健康から健康に向かうターニングポイント」です。
そのためには、病気と闘うことを止め、病気に対して目や耳を開くこと。
体調不良や病気の方は自分自身に耳を傾け症状とコミュニケーションして
そのメッセージを聞くこと。
自分の見解や想像に疑問を投げかけて症状のメッセージを意識的に取り入れること。
自分に欠けているものを意識的に取り込めば症状は必要なくなるということ。
意識の拡張・成熟と結びついているということ。
さらに、影の部分が肉体(物体)に現れて症状になりますが
治癒はその逆にプロセスを辿るということ。
症状の性質を知って物質的存在から自由になればいいということです。

お分かりいただけましたでしょうか?
但しいつも書いていますように、あくまでもこれは個人的な解釈ですので
決して鵜呑みにして信じないでいただきたいと思います。

それでは今日はこの辺で・・・・・


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さあ、今日も暖気に生きていこう~~~~~